化学工学の基礎を、原理・数式と直感的なイメージの両面から、初学者にもわかりやすくお届けします。
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配管の圧力損失、ポンプ動力、撹拌、濾過、伝熱、拡散を計算するとき、粘度は欠かせない物性値です。しかし、手元にある粘度が20℃の値だけで、実際の運転温度は60℃ということもあります。混合液や混合ガスでは、組成による変化も考えなければなりません。
粘度は温度に強く依存し、一般に液体では温度上昇とともに低下し、低密度の気体では増加します。そのため、常温の代表値を異なる運転条件へそのまま使うと、Reynolds数や圧力損失を大きく誤ることがあります。
この記事では、液体・気体・混合物の粘度を推算する基本的な考え方を解説します。純液体のAndrade型相関、低圧気体のSutherland式、低圧気体混合物のWilke則、液体混合物の対数混合則を例題で計算します。
- 粘度推算を始める前に確認すべき相・温度・圧力・組成
- 液体と気体で温度依存性が逆になる理由
- 2点の液体粘度データからAndrade型相関を作る方法
- Sutherland式による気体粘度の温度補正
- Wilke則による低圧気体混合物の粘度計算
- 液体混合物の対数混合則と、その限界
- 推算値を実務で使う前の確認方法
粘度・動粘度・Newton流体の意味を先に確認したい方は、粘度とは?粘性係数・動粘度の違いを参照してください。密度や熱伝導率などを含む物性全体の位置付けは、化学工学で使う代表的な物性値で整理しています。
粘度推算の前に確認する5項目
粘度の式を探す前に、対象状態を次の順で整理します。
- 相:液体、低圧気体、高圧流体、超臨界流体のどれか
- 物質:純物質か混合物か
- 温度と圧力:推算したい状態と、基準データの状態
- 組成:モル分率、質量分率のどちらで与えられているか
- 流体特性:Newton流体か、せん断速度で見かけ粘度が変わる非Newton流体か
同じ「粘度の推算式」でも、液体用を気体へ使ったり、低圧気体用を高圧流体へ使ったりすることはできません。まず相と状態範囲を決めることが、最も重要な工程です。
推算より先に実測値・データベースを探す
粘度の信頼性は、一般に次の順で高くなります。
- 対象試料・対象条件での実測値
- 信頼できるデータベースや査読文献の値
- 対象物質専用の相関式
- 一般化された推算法・混合則
NIST Chemistry WebBookでは、一部の純流体について温度・圧力を指定して粘度を取得できます。REFPROPなどの物性ソフトは、純物質と混合物を高精度な状態方程式・輸送物性モデルで扱います。
既知の実測値があるのに、一般式だけで置き換える必要はありません。推算値を使う場合も、少なくとも1点は文献値や実測値と照合すると、単位・係数・適用範囲の誤りを見つけやすくなります。
液体と気体で温度依存性が逆になる理由
液体では、分子が互いに近く、分子間力によって動きが妨げられています。温度が上がると分子が障壁を越えて移動しやすくなるため、粘度は通常低下します。
一方、希薄な気体では、粘度は分子が層の間で運動量を運ぶことで生じます。温度が上がると分子運動が速くなり、運動量交換が活発になるため、粘度は通常増加します。
| 相 | 温度上昇時の一般傾向 | 主な考え方 |
|---|---|---|
| 液体 | 粘度が低下 | 分子が移動の障壁を越えやすくなる |
| 低密度気体 | 粘度が増加 | 分子による運動量交換が活発になる |
これは一般的な傾向です。会合性液体、溶液、高分子、臨界点付近、高圧流体などでは単純な説明だけでは不十分な場合があります。
純液体の粘度:Andrade型相関
比較的狭い温度範囲で、純液体の粘度を表す簡単な式としてAndrade型相関があります。
\boxed{
\ln\left(\frac{\mu}{\mu^\circ}\right)
=
A+\frac{B}{T}
}
\]
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| \(\mu\) | 粘度 |
| \(\mu^\circ\) | 対数を無次元にする基準粘度。たとえば \(1\ \mathrm{Pa\,s}\) |
| \(T\) | 絶対温度 \(\mathrm{K}\) |
| \(A,B\) | 物質と採用単位に対応する係数 |
温度が上がると \(B/T\) が小さくなり、通常は粘度が低下します。
文献では簡略に \(\ln\mu=A+B/T\) と書かれることもあります。この場合、係数 \(A\) は粘度の単位に依存します。Pa・s用の係数へmPa・sを入れないようにしてください。
2点の液体データから係数を求める
同じ単位で表した2点の粘度 \(\mu_1,\mu_2\) と絶対温度 \(T_1,T_2\) があれば、Andrade型相関の係数を決められます。
\[
\ln\mu_1=A+\frac{B}{T_1}
\]
\[
\ln\mu_2=A+\frac{B}{T_2}
\]
2式の差から、
\boxed{
B
=
\frac{
\ln\left(\mu_1/\mu_2\right)
}{
1/T_1-1/T_2
}
}
\]
さらに、
\[
A
=
\ln\mu_1-\frac{B}{T_1}
\]
です。2点から作った式はその2点を必ず通りますが、広い温度範囲で正しいことを保証しません。基本的には2点の間を補間する目的で使います。
例題1:液体粘度の温度補間
あるNewton流体について、次の粘度データが得られています。
- \(20\ ^\circ\mathrm{C}\):\(\mu_1=80.0\ \mathrm{mPa\,s}\)
- \(60\ ^\circ\mathrm{C}\):\(\mu_2=20.0\ \mathrm{mPa\,s}\)
Andrade型相関を使い、\(40\ ^\circ\mathrm{C}\) の粘度を推算します。温度は、
\[
T_1=293.15\ \mathrm{K},\quad
T_2=333.15\ \mathrm{K},\quad
T=313.15\ \mathrm{K}
\]
です。
まず係数 \(B\) を求めます。
\[
B
=
\frac{\ln(80.0/20.0)}{1/293.15-1/333.15}
=
3.385\times10^3\ \mathrm{K}
\]
次に、粘度の数値をmPa・sで統一して係数 \(A\) を求めます。
\[
A
=
\ln(80.0)-\frac{3384.7}{293.15}
=
-7.164
\]
したがって、40℃では、
\[
\mu
=
\exp\left(-7.164+\frac{3384.7}{313.15}\right)
=
38.3\ \mathrm{mPa\,s}
\]
液体のVogel式・DIPPR式
温度範囲が広い場合、Andrade型より柔軟なVogel型の式が使われます。
\[
\log_{10}\left(\frac{\mu}{\mu^\circ}\right)
=
A+\frac{B}{T-C}
\]
また、物性データベースではDIPPR 101型など、対数温度や温度のべき乗を含む多係数式も使われます。これらは精度を高められる一方、係数の意味は式の型・対数の底・単位・温度範囲に完全に依存します。
同じA、B、Cという記号でも、自然対数か常用対数か、温度がKか℃か、粘度がPa・sかcPかで意味は変わります。係数表には必ず元の式・単位・適用温度範囲を一緒に保存してください。
低圧気体の粘度:Sutherland式
低圧の単一気体について、基準温度 \(T_0\) の粘度 \(\mu_0\) から別の温度の粘度を求める代表式がSutherland式です。
\boxed{
\mu(T)
=
\mu_0
\left(\frac{T}{T_0}\right)^{3/2}
\frac{T_0+S}{T+S}
}
\]
\(S\) は気体ごとのSutherland定数で、温度と同じ単位を使います。\(T\)、\(T_0\)、\(S\) はすべてKでそろえるのが安全です。
低密度気体では、粘度は圧力より温度の影響を強く受けます。しかし、高圧・高密度になると密度依存性が無視できず、Sutherland式だけでは不十分です。その場合はREFPROPなどの高密度流体モデルや対象物質専用相関を使います。
例題2:100℃における空気粘度
空気の基準値を、
- \(T_0=273.15\ \mathrm{K}\)
- \(\mu_0=1.716\times10^{-5}\ \mathrm{Pa\,s}\)
- \(S=111\ \mathrm{K}\)
とし、\(100\ ^\circ\mathrm{C}=373.15\ \mathrm{K}\) の粘度を求めます。
\[
\mu
=
(1.716\times10^{-5})
\left(\frac{373.15}{273.15}\right)^{3/2}
\frac{273.15+111}{373.15+111}
\]
\[
\boxed{
\mu
=
2.17\times10^{-5}\ \mathrm{Pa\,s}
}
\]
温度上昇によって、空気の粘度が増加していることがわかります。
低圧気体混合物の粘度:Wilke則
複数の低圧気体を混合したとき、粘度を単純なモル分率平均で求めると、分子量差や成分間の運動量交換を表せません。代表的な混合則がWilke則です。
\boxed{
\mu_m
=
\sum_i
\frac{y_i\mu_i}{\displaystyle\sum_j y_j\phi_{ij}}
}
\]
混合係数 \(\phi_{ij}\) は、
\[
\phi_{ij}
=
\frac{
\left[
1+
\left(\frac{\mu_i}{\mu_j}\right)^{1/2}
\left(\frac{M_j}{M_i}\right)^{1/4}
\right]^2
}{
\left[8\left(1+M_i/M_j\right)\right]^{1/2}
}
\]
です。
- \(y_i\):成分 \(i\) のモル分率
- \(\mu_i\):混合物と同じ温度における純成分気体粘度
- \(M_i\):成分 \(i\) のモル質量
\(\phi_{ii}=1\) です。粘度どうし、モル質量どうしはそれぞれ同じ単位なら、比になるため単位は相殺されます。
例題3:2成分気体のWilke則
同じ温度にある2成分低圧気体について、
| 成分 | モル分率 | 粘度 | モル質量 |
|---|---|---|---|
| 1 | \(y_1=0.700\) | \(\mu_1=1.80\times10^{-5}\ \mathrm{Pa\,s}\) | \(M_1=28.0\) |
| 2 | \(y_2=0.300\) | \(\mu_2=1.50\times10^{-5}\ \mathrm{Pa\,s}\) | \(M_2=44.0\) |
とします。混合係数は、
\[
\phi_{12}=1.370,\qquad
\phi_{21}=0.727
\]
です。したがって、
\[
\mu_m
=
\frac{(0.700)(1.80\times10^{-5})}{0.700+(0.300)(1.370)}
+
\frac{(0.300)(1.50\times10^{-5})}{0.300+(0.700)(0.727)}
\]
\[
\boxed{
\mu_m
=
1.69\times10^{-5}\ \mathrm{Pa\,s}
}
\]
単純なモル分率平均は \(1.71\times10^{-5}\ \mathrm{Pa\,s}\) ですが、Wilke則では分子量差を含めた値になります。この例では差が小さくても、成分の性質が大きく異なると無視できないことがあります。
液体混合物の簡易推算:対数混合則
理想性が高いNewton液体混合物の一次近似として、粘度の対数をモル分率で平均する方法があります。
\boxed{
\ln\left(\frac{\mu_m}{\mu^\circ}\right)
=
\sum_i x_i
\ln\left(\frac{\mu_i}{\mu^\circ}\right)
}
\]
これは、
\[
\mu_m
=
\prod_i\mu_i^{x_i}
\]
という幾何平均の形に対応します。ここでも厳密には基準粘度で無次元化します。全成分の粘度と結果を同じ単位でそろえれば、実務計算では比の形で扱えます。
たとえば、\(x_1=0.700\)、\(\mu_1=1.00\ \mathrm{mPa\,s}\)、\(x_2=0.300\)、\(\mu_2=10.0\ \mathrm{mPa\,s}\) とすると、
\[
\mu_m
=
\exp\left[(0.700)\ln1.00+(0.300)\ln10.0\right]
=
2.00\ \mathrm{mPa\,s}
\]
です。算術平均は3.70 mPa・sなので、混合則の選択だけで結果が大きく変わることがわかります。
液体混合物が単純平均にならない理由
液体では、異種分子間の相互作用、水素結合、会合、分子形状、自由体積などの影響が大きく、混合粘度が理想対数則から外れることがあります。
相互作用を表す経験パラメータを加えたGrunberg–Nissan型の二成分式は、
\[
\ln\left(\frac{\mu_m}{\mu^\circ}\right)
=
x_1\ln\left(\frac{\mu_1}{\mu^\circ}\right)
+x_2\ln\left(\frac{\mu_2}{\mu^\circ}\right)
+x_1x_2G_{12}
\]
と表せます。\(G_{12}\) は対象温度・成分対の実測データから決める相互作用パラメータです。データがない状態で適当な値を置くのではなく、混合物の実測値や信頼できる物性モデルを優先します。
強い非理想性、濃度依存性、非Newton性がある系では、純成分粘度の単純混合則で正確に求められません。濃度と温度をそろえた実測データ、専用相関式、レオロジーモデルを使います。
動粘度が必要な場合
推算式の多くが求めるのは粘度、つまり動的粘度 \(\mu\) です。Reynolds数などで動粘度 \(\nu\) が必要なら、同じ温度・圧力・組成の密度で割ります。
\boxed{
\nu
=
\frac{\mu}{\rho}
}
\]
粘度だけ温度補正して密度を常温値のまま使うと、特に気体で大きな誤差になります。気体密度は温度・圧力によって大きく変わるため、\(\mu\) と \(\rho\) を必ず同じ状態にそろえます。
非Newton流体は別の推算が必要
高分子溶液、塗料、スラリー、ペーストなどでは、見かけ粘度がせん断速度や時間履歴によって変わります。この場合、温度と組成だけから一つの粘度を決めることはできません。
たとえば、べき乗則流体では、
\[
\tau
=
K\dot\gamma^n
\]
\[
\mu_{\mathrm{app}}
=
\frac{\tau}{\dot\gamma}
=
K\dot\gamma^{n-1}
\]
です。温度補正に加えて、対象装置の代表せん断速度、流動指数 \(n\)、コンシステンシー係数 \(K\) が必要です。Newton流体用のAndrade式で温度補正しただけでは、実際の見かけ粘度を決められません。
圧力の影響はいつ重要か
- 低圧気体:粘度は主に温度で決まり、圧力依存性は比較的小さい
- 高圧・高密度気体:分子間相互作用と密度依存性が重要
- 通常圧力の液体:温度影響が中心となる場合が多い
- 高圧液体:圧力上昇による粘度増加が無視できない場合がある
- 臨界点付近:単純な温度式・低圧式を避け、状態方程式と専用輸送物性モデルを使う
気体の温度・圧力・密度の基本関係は、理想気体の状態方程式も参考にしてください。
粘度推算の実務的な手順
- 必要な粘度を定義:動的粘度か動粘度か、Newton粘度か見かけ粘度か
- 状態を整理:相、温度、圧力、組成、せん断条件を決める
- 信頼できるデータを検索:実測値、NIST、REFPROP、文献、メーカー情報を優先
- 式を選ぶ:純液体、低圧気体、気体混合物、液体混合物を区別
- 式と係数の単位を確認:Kか℃、Pa・sかmPa・sか、lnかlog10かをそろえる
- 適用範囲内で計算:できるだけ補間とし、外挿を避ける
- 既知データと照合:少なくとも1点で桁と傾向を確認
- 感度を確認:粘度誤差が圧力損失、Reynolds数、動力へ与える影響を調べる
粘度は配管計算へ直接影響します。推算後の使い方は、Reynolds数と配管の圧力損失で確認できます。
よくある間違い
| 間違い | 正しい考え方 |
|---|---|
| 液体も気体も温度が上がると粘度が下がる | 低密度気体の粘度は通常、温度上昇とともに増加する |
| Andrade式へ℃を入れる | 逆温度を使う式には絶対温度Kを使う |
| 対数の中へ単位付き量をそのまま入れる | 基準粘度で無次元化し、係数の単位規約を確認する |
| Pa・s用の係数へcPを入れる | 式の係数と粘度単位を一致させる |
| 2点式を広い温度範囲へ外挿する | 原則としてデータ範囲内の補間に使う |
| 混合粘度を必ず線形平均する | 気体はWilke則、液体は対象系に合う混合則や実測値を使う |
| 低圧気体式を高圧流体へ使う | 密度依存性を含む高圧用モデルを使う |
| 非Newton流体に一つの粘度を与える | 温度・組成に加えて、せん断速度とレオロジーモデルを指定する |
確認問題
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QUICK CHECK
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まとめ
- 粘度推算では、液体・気体、純物質・混合物、温度・圧力・組成を最初に整理する
- 液体粘度は通常、温度上昇とともに低下し、低密度気体の粘度は増加する
- 純液体の狭い温度範囲ではAndrade型相関による補間が使える
- 低圧の単一気体ではSutherland式、低圧気体混合物ではWilke則が代表的である
- 液体混合物の対数混合則は簡易近似であり、非理想性が強い系では実測値や相互作用パラメータが必要
- 係数は式の型、対数の底、温度単位、粘度単位、適用範囲と一体で扱う
- 高圧流体・臨界点付近・非Newton流体には専用モデルが必要
- 推算値は既知データと照合し、圧力損失や動力への感度も確認する
粘度は単なる表の数値ではなく、温度・圧力・組成・分子間相互作用を反映する輸送物性です。「使える値を一つ探す」のではなく、「対象状態に合う値を選び、必要なら適切な式で補間する」と考えましょう。
参考資料
- NIST Chemistry WebBook, Thermophysical Properties of Fluid Systems(純流体の温度・圧力別粘度データ)
- NIST WTT, Model for Viscosity of Saturated Liquid(Andrade拡張型の液体粘度式)
- NIST TDE, Equation Descriptions(液体・低圧気体の粘度相関式)
- NASA Glenn Research Center, Viscosity(空気粘度とSutherland式)
- NASA Wind-US User’s Guide, Viscosity(Sutherland式とWilke混合則)
- NIST REFPROP Documentation(低密度・残余・臨界寄与を含む輸送物性モデル)
この記事は基礎学習用です。設備設計・安全評価・品質保証では、対象物質と状態範囲に対して検証されたデータ、物性パッケージ、規格、実測値を使用してください。特に高圧、高温、低温、臨界点付近、反応混合物、電解質、高分子、スラリー、非Newton流体では、簡易式の無条件な使用を避けてください。


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