化学工学の基礎を、原理・数式と直感的なイメージの両面から、初学者にもわかりやすくお届けします。
この記事は、AIのかこまるが本文と画像を作成し、人間のサイト管理者が内容を確認して投稿・公開しています。
気体は空間へすばやく広がるのに、液体中の成分はゆっくりとしか広がりません。この「分子拡散による広がりやすさ」を表す物性値が、拡散係数です。
拡散係数はFickの法則、物質移動係数、Schmidt数、Sherwood数、膜分離、吸収、乾燥、触媒反応など、化学工学のさまざまな計算に登場します。ただし、「酸素の拡散係数」のように成分名だけを指定しても、値は一つに決まりません。どの媒体中を拡散するか、温度・圧力・組成がいくらかまで確認する必要があります。
この記事では、拡散係数の物理的な意味、単位、気体と液体で値が異なる理由、温度・圧力・粘度の影響、文献値や推算値を安全に選ぶ方法を、例題とともに解説します。
- 拡散係数 \(D_{AB}\) の定義と単位
- 拡散係数が「速度」ではなく \(\mathrm{m^2/s}\) で表される理由
- 成分Aと媒体Bの組合せを指定する必要性
- 自己拡散係数、相互拡散係数、有効拡散係数の違い
- 気体中と液体中で拡散係数が約4桁異なる理由
- 温度・圧力・粘度・組成による変化
- Fickの法則、拡散時間、Sc・Shとのつながり
- 実測値・文献値・推算式を選ぶ手順
物質移動全体の考え方は、物質移動とは?拡散・対流・物質移動係数で解説しています。密度、粘度、比熱などとの位置付けは、化学工学で使う物性値も参考にしてください。本記事では、その中の輸送物性である拡散係数に焦点を当てます。
- 拡散係数とは
- なぜ単位が \(\mathrm{m^2/s}\) なのか
- 拡散係数は成分Aだけでは決まらない
- 自己拡散・相互拡散・有効拡散の違い
- 気体と液体では桁が違う
- 計算例1:Fickの法則から拡散流束を求める
- 拡散に必要な時間は長さの二乗で増える
- 計算例2:気体と液体の拡散時間を比較する
- 気体の拡散係数に対する温度と圧力の影響
- 計算例3:気体拡散係数を温度・圧力補正する
- 液体の拡散係数に対する温度・粘度・組成の影響
- 拡散係数はどう求めるか
- 気体の推算:Fuller式
- 液体の推算:Wilke–Chang式
- 固体中の拡散係数
- 単位換算で起こりやすいミス
- 拡散係数を選ぶ実践手順
- 測定値と推算値の使い分け
- 物質移動係数との違い
- Schmidt数・Sherwood数との関係
- 多孔質内の有効拡散係数
- よくある間違い
- 確認問題
- まとめ
- 参考資料
- この記事の情報と検証方針
拡散係数とは
IUPAC Gold Bookでは、拡散係数 \(D\) は、物質の流束と濃度勾配を結ぶ比例定数として定義されています。単純な二成分系で、成分Aが \(z\) 方向へ一次元拡散する場合、Fickの第一法則は、
\boxed{
J_A
=
-D_{AB}\frac{dC_A}{dz}
}
\]
です。
| 記号 | 意味 | SI単位 |
|---|---|---|
| \(J_A\) | 基準速度に対するAの拡散モル流束 | \(\mathrm{mol/(m^2\,s)}\) |
| \(D_{AB}\) | 成分B中における成分Aの二成分拡散係数 | \(\mathrm{m^2/s}\) |
| \(C_A\) | 成分Aのモル濃度 | \(\mathrm{mol/m^3}\) |
| \(z\) | 拡散方向の位置 | \(\mathrm{m}\) |
負号は、成分Aが高濃度側から低濃度側へ移動することを表します。同じ濃度勾配なら、\(D_{AB}\) が大きいほど拡散流束の絶対値は大きくなります。
上式の \(J_A\) は、選んだ平均速度に対する拡散流束です。流体全体が動いている場合、固定座標から見た全流束には対流成分が加わります。また、高濃度気体の一方拡散ではStefan流の影響が現れます。単純な濃度差だけで全流束を表せる条件か確認してください。
等モル相互拡散とStefan流の違いは、等モル相互拡散・一方拡散・Stefan流で詳しく解説しています。
なぜ単位が \(\mathrm{m^2/s}\) なのか
Fickの第一法則から単位を確認すると、
\[
[D_{AB}]
=
\frac{[J_A]}{[dC_A/dz]}
=
\frac{\mathrm{mol/(m^2\,s)}}{\mathrm{mol/m^4}}
=
\mathrm{m^2/s}
\]
となります。
拡散係数は、分子が一定方向へ進む速さではありません。分子は熱運動によってランダムに方向を変えながら移動するため、時間とともに広がる「距離の二乗」を表す係数になります。
三次元の自己拡散では、十分長い時間における平均二乗変位と拡散係数の関係は、
\boxed{
\left\langle\Delta r^2\right\rangle=6Dt
}
\]
です。MIT OpenCourseWareの輸送現象教材でも、長時間側で平均二乗変位が時間に比例し、その傾きから自己拡散係数を定義できることが説明されています。
代表的な拡散距離は \(L\sim\sqrt{Dt}\) と増えます。移動時間を4倍にしても、広がる距離はおよそ2倍です。撹拌や対流がない長距離輸送を分子拡散だけに任せると、急激に時間がかかります。
拡散係数は成分Aだけでは決まらない
\(D_{AB}\) は「成分Aが、成分Bの中を拡散するときの係数」です。たとえば、次は別の物性値です。
- 空気中における水蒸気の拡散係数
- 水中における酸素の拡散係数
- エタノール中における水の拡散係数
- 高分子膜中における二酸化炭素の拡散係数
同じ酸素でも、空気中と水中では周囲の分子間隔、衝突、相互作用が異なるため、拡散係数は大きく変わります。
また、特に液体や固体では、拡散係数が組成によって変化する場合があります。「無限希釈における値」なのか、「特定組成における相互拡散係数」なのかも確認が必要です。
自己拡散・相互拡散・有効拡散の違い
「拡散係数」という言葉には、測定対象やモデルによって複数の種類があります。
| 種類 | 何を表すか | 主な場面 |
|---|---|---|
| 自己拡散係数 | 平衡状態で、同種分子の一部を追跡したときのランダム移動 | NMR、分子動力学、基礎物性 |
| 相互・二成分拡散係数 | 二成分混合物の濃度差によって生じる相互拡散 | Fickの法則、吸収、抽出、乾燥 |
| トレーサー拡散係数 | 微量の標識成分や溶質を追跡した拡散 | 希薄溶液、実験測定 |
| 有効拡散係数 | 細孔、屈曲、閉塞などを含めた見かけの拡散 | 触媒粒子、多孔質膜、土壌 |
化学工学の通常の二成分物質移動で \(D_{AB}\) と書く場合は、相互・二成分拡散係数を指すことが一般的です。自己拡散係数の値を、そのまま二成分拡散へ代用できるとは限りません。
多孔質体では有効拡散係数を使う
単純なモデルでは、空隙率 \(\varepsilon\) と屈曲度 \(\tau\) を使って、
\[
D_{A,\mathrm{eff}}
\approx
\frac{\varepsilon}{\tau}D_{AB}
\]
と表すことがあります。実際には細孔径が小さいとKnudsen拡散、表面拡散、細孔径分布なども影響します。バルク流体の \(D_{AB}\) と触媒粒子内の \(D_{A,\mathrm{eff}}\) を混同しないでください。
気体と液体では桁が違う
常温付近における代表的な桁を比較すると、次のようになります。
| 相 | 代表的な拡散係数の桁 | 特徴 |
|---|---|---|
| 気体中 | およそ \(10^{-5}\ \mathrm{m^2/s}\) | 分子間隔が広く、比較的速く拡散する |
| 液体中 | およそ \(10^{-10}\)~\(10^{-9}\ \mathrm{m^2/s}\) | 分子が密に存在し、周囲との相互作用が強い |
| 固体中 | 物質・構造・温度により非常に広い | 格子、欠陥、細孔、表面など拡散経路で大きく変わる |
NPTELの資料では、気体で \(0.5\times10^{-5}\)~\(1.0\times10^{-5}\ \mathrm{m^2/s}\)、液体で \(10^{-10}\)~\(10^{-9}\ \mathrm{m^2/s}\) が代表範囲として示されています。これは目安であり、水素のような軽い気体、粘度の高い液体、高分子やイオンなどでは範囲から外れることがあります。
感覚的な違い
気体では分子間隔が広く、分子は衝突と衝突の間を比較的長く移動できます。液体では周囲を多くの分子に囲まれ、分子が移動するには近傍分子の配置変化や空間が必要です。そのため、液体中の拡散は気体中より大幅に遅くなるのが一般的です。
計算例1:Fickの法則から拡散流束を求める
厚さ \(L=1.00\ \mathrm{mm}\) の静止液膜を成分Aが拡散しています。濃度は左側で \(C_{A,1}=0.120\ \mathrm{mol/m^3}\)、右側で \(C_{A,2}=0.0400\ \mathrm{mol/m^3}\)、拡散係数は \(D_{AB}=2.00\times10^{-9}\ \mathrm{m^2/s}\) です。
濃度分布を直線と近似すると、左から右へ向かう拡散流束は、
\[
\begin{aligned}
J_A
&=-D_{AB}\frac{C_{A,2}-C_{A,1}}{L}\\
&=-(2.00\times10^{-9})
\frac{0.0400-0.120}{1.00\times10^{-3}}\\
&=1.60\times10^{-7}\ \mathrm{mol/(m^2\,s)}
\end{aligned}
\]
です。
\boxed{
J_A=1.60\times10^{-7}\ \mathrm{mol/(m^2\,s)}
}
\]
正の値なので、設定した正方向である高濃度側から低濃度側へ拡散します。
拡散に必要な時間は長さの二乗で増える
分子拡散が代表長さ \(L\) へ広がる時間のオーダーは、
\boxed{
t_D\sim\frac{L^2}{D}
}
\]
です。厳密な係数は形状、初期条件、境界条件、「どこまで均一になれば完了とするか」によって変わるため、この式は桁を見積もるために使います。
計算例2:気体と液体の拡散時間を比較する
代表距離を \(L=1.00\ \mathrm{mm}\) とし、次の拡散係数を比較します。
- 気体中:\(D_g=1.50\times10^{-5}\ \mathrm{m^2/s}\)
- 液体中:\(D_l=1.50\times10^{-9}\ \mathrm{m^2/s}\)
気体中では、
\[
t_{D,g}
\sim
\frac{(1.00\times10^{-3})^2}{1.50\times10^{-5}}
=6.67\times10^{-2}\ \mathrm{s}
\]
液体中では、
\[
\begin{aligned}
t_{D,l}
&\sim
\frac{(1.00\times10^{-3})^2}{1.50\times10^{-9}}\\
&=6.67\times10^2\ \mathrm{s}\\
&=11.1\ \mathrm{min}
\end{aligned}
\]
です。同じ1 mmでも、この例では液体中の代表拡散時間が気体中の1万倍になります。液相操作で撹拌、薄膜化、微粒化が重要なのは、拡散距離を短くして物質移動を速めるためです。
気体の拡散係数に対する温度と圧力の影響
低密度から中程度の圧力範囲にある気体では、一般に次の傾向があります。
- 温度上昇:分子運動が活発になり、拡散係数は増加する
- 圧力上昇:単位体積あたりの分子数と衝突頻度が増え、拡散係数は低下する
Fuller–Schettler–Giddingsの気相推算法では、同じ成分組合せについて、温度と圧力に対する主な依存性は、
\boxed{
D_{AB}\propto\frac{T^{1.75}}{P}
}
\]
です。したがって、基準状態 \((T_1,P_1)\) の値から近い状態を概算する場合、
\[
\boxed{
D_{AB,2}
\approx
D_{AB,1}
\left(\frac{T_2}{T_1}\right)^{1.75}
\left(\frac{P_1}{P_2}\right)
}
\]
と補正できます。
高圧では非理想性や密度効果が強くなり、希薄気体用の相関式が成立しない場合があります。また、温度補正式の指数は採用する理論・相関式によって異なります。元データと同じ方法を使い、適用範囲を確認してください。
計算例3:気体拡散係数を温度・圧力補正する
成分A–B系の拡散係数が、\(T_1=298.15\ \mathrm{K}\)、\(P_1=1.00\ \mathrm{bar}\) で、
\[
D_{AB,1}=2.00\times10^{-5}\ \mathrm{m^2/s}
\]
とします。\(T_2=350\ \mathrm{K}\)、\(P_2=2.00\ \mathrm{bar}\) における値を概算します。
\[
\begin{aligned}
D_{AB,2}
&=2.00\times10^{-5}
\left(\frac{350}{298.15}\right)^{1.75}
\left(\frac{1.00}{2.00}\right)\\
&=1.32\times10^{-5}\ \mathrm{m^2/s}
\end{aligned}
\]
\boxed{
D_{AB,2}\approx1.32\times10^{-5}\ \mathrm{m^2/s}
}
\]
昇温は拡散係数を増やしますが、この例では圧力を2倍にした影響の方が大きいため、基準状態より小さな値になります。温度だけ、圧力だけを見て増減を判断しないことが重要です。
液体の拡散係数に対する温度・粘度・組成の影響
液体中では、気体のような単純な \(1/P\) 依存性は通常用いません。一般的な傾向は、
- 温度が上がると分子運動が活発になり、液体粘度も低下するため、\(D_{AB}\) は増加しやすい
- 溶媒粘度が高いほど、溶質は動きにくくなり、\(D_{AB}\) は小さくなりやすい
- 溶質分子が大きいほど、拡散は遅くなりやすい
- 水素結合、電離、会合、溶媒和などの分子間相互作用が影響する
- 濃度が高くなると、希薄溶液の推算式から外れる場合がある
球状の微粒子が連続媒体中を移動する理想化では、Stokes–Einstein式、
\[
D
=
\frac{k_BT}{6\pi\mu r}
\]
から、\(D\) が温度に比例し、粘度と粒子半径に反比例することがわかります。ただし、これは連続流体中の球状粒子を仮定した式であり、小分子の相互拡散へ無条件に使う式ではありません。
希薄液体の工学的推算には、Wilke–Chang式などが使われます。代表的な依存関係は、
\[
D_{AB}
\propto
\frac{(\phi M_B)^{1/2}T}{\mu_BV_A^{0.6}}
\]
です。\(\phi\) は溶媒の会合係数、\(M_B\) は溶媒分子量、\(\mu_B\) は溶媒粘度、\(V_A\) は溶質のモル容積に関係する量です。完全な式は特定の単位系を前提とするため、定数だけをSI単位へ流用しないでください。
拡散係数はどう求めるか
拡散係数を得る方法は、大きく3つあります。
- 実測値を文献・データベースから探す
- 対象系で測定する
- 相関式で推算する
同じ物質名でも温度・圧力・組成・相が違えば値も違います。文献値を使うときは、数値だけでなく測定条件を必ず確認します。
測定方法の例
| 方法 | 主な対象 | 基本的な考え方 |
|---|---|---|
| Loschmidt法 | 気体 | 二つの気体が接触後に混ざる濃度分布を測る |
| 隔膜セル法 | 液体 | 多孔質隔膜を介した溶質移動から求める |
| Taylor分散法 | 液体 | 細管内で広がる濃度パルスを解析する |
測定法にはそれぞれ適用範囲と補正があり、装置の流れや多孔質隔膜の影響を分子拡散と混同しないことが重要です。
気体の推算:Fuller式
低圧気体の二成分拡散係数には、分子量と原子・構造ごとの拡散体積を使うFuller–Schettler–Giddings式がよく用いられます。代表的な形は、
\boxed{
D_{AB}
=\frac{0.00143\,T^{1.75}
\sqrt{\dfrac{1}{M_A}+\dfrac{1}{M_B}}}
{P\left[
(\Sigma\nu_A)^{1/3}
+(\Sigma\nu_B)^{1/3}
\right]^2}
}
\]
です。この形では、\(T\) をK、\(P\) をatm、分子量 \(M_A,M_B\) を \(\mathrm{g/mol}\) で与えると、\(D_{AB}\) は \(\mathrm{cm^2/s}\) で得られます。係数や拡散体積の定義は資料の版によって表記が異なることがあるため、使用する資料の単位系と定数表を一組で使います。
式からも、気体の拡散係数が温度のおよそ1.75乗に比例し、圧力に反比例することが読み取れます。
推算式の係数だけを暗記しない
経験式では、入力単位が変わると数値係数も変わります。式を転記するときは、\(D\)、温度、圧力、分子量、粘度、モル体積の単位を必ずセットで確認します。
液体の推算:Wilke–Chang式
希薄な非電解質溶液の液相拡散係数には、Wilke–Chang式が広く使われます。
\boxed{
D_{AB}
=\frac{7.4\times10^{-8}
(\phi_BM_B)^{1/2}T}
{\mu_BV_A^{0.6}}
}
\]
- \(D_{AB}\):液相拡散係数 \(\mathrm{cm^2/s}\)
- \(\phi_B\):溶媒Bの会合係数
- \(M_B\):溶媒Bの分子量 \(\mathrm{g/mol}\)
- \(T\):絶対温度 \(\mathrm{K}\)
- \(\mu_B\):溶媒粘度 \(\mathrm{cP}\)
- \(V_A\):溶質Aの常圧沸点におけるモル体積 \(\mathrm{cm^3/mol}\)
水の会合係数には \(\phi_B=2.26\) が使われる資料があります。アルコール類などにも個別の値があり、一般的な非会合性有機溶媒ではおよそ1とされます。
計算例:水中の希薄溶質
例として、次の値を使います。
| 条件 | 値 |
|---|---|
| 温度 | \(T=298\ \mathrm{K}\) |
| 水の会合係数 | \(\phi_B=2.26\) |
| 水の分子量 | \(M_B=18.0\ \mathrm{g/mol}\) |
| 水の粘度 | \(\mu_B=0.89\ \mathrm{cP}\) |
| 溶質のモル体積 | \(V_A=60\ \mathrm{cm^3/mol}\) |
\begin{aligned}
D_{AB}
&=\frac{7.4\times10^{-8}
\sqrt{2.26\times18.0}\times298}
{0.89\times60^{0.6}}\\
&=1.35\times10^{-5}\ \mathrm{cm^2/s}
\end{aligned}
\]
\(1\ \mathrm{cm^2}=10^{-4}\ \mathrm{m^2}\) なので、
\begin{aligned}
D_{AB}
&=1.35\times10^{-5}\times10^{-4}\\
&=\boxed{1.35\times10^{-9}\ \mathrm{m^2/s}}
\end{aligned}
\]
液体中の分子拡散として妥当な桁になっています。
Wilke–Chang式の適用上の注意
- 希薄溶液に対する経験式である
- 高分子やタンパク質など、大きな分子には適さない
- 電解質・濃厚溶液・強い会合系では誤差が大きくなり得る
- モル体積や会合係数の選び方でも結果が変わる
推算値は「正解そのもの」ではなく、実測値がない段階で桁や設計感度を確認するための近似値です。重要な設計では実測データとの照合が必要です。
固体中の拡散係数
固体中の拡散は、結晶格子、空孔、格子間位置、粒界、表面、非晶質領域など、移動経路によって機構が異なります。多くの場合、温度依存性はArrhenius型で表されます。
\boxed{
D
=
D_0\exp\left(-\frac{E_D}{RT}\right)
}
\]
ここで、\(D_0\) は前指数因子、\(E_D\) は拡散の活性化エネルギーです。固体では温度変化によって拡散係数が何桁も変わる場合があるため、常温の値を高温操作へ使わないようにします。
単位換算で起こりやすいミス
拡散係数は、古い文献や相関式で \(\mathrm{cm^2/s}\) として示されることがあります。
\[
1\ \mathrm{cm}
=10^{-2}\ \mathrm{m}
\]
なので、面積単位では、
\boxed{
1\ \mathrm{cm^2/s}
=10^{-4}\ \mathrm{m^2/s}
}
\]
です。たとえば、
\[
0.200\ \mathrm{cm^2/s}
=2.00\times10^{-5}\ \mathrm{m^2/s}
\]
となります。\(10^{-2}\) を掛けるのではなく、長さ換算係数を二乗します。
拡散係数を選ぶ実践手順
設計計算や学習問題で \(D_{AB}\) を用意するときは、次の順番で確認します。
- 拡散する成分Aと媒体Bを特定する
- 気相・液相・固相・多孔質相を確認する
- 温度、圧力、組成を確認する
- 自己拡散、相互拡散、無限希釈、有効拡散のどれか確認する
- 同じ条件に近い実測値や評価済みデータを優先する
- データがなければ、適用範囲が合う推算式を使う
- 単位、出典、補正方法、不確かさを記録する
「\(D=2.0\times10^{-9}\ \mathrm{m^2/s}\)」だけでは再利用できません。「A–B系、液相、298 K、無限希釈、測定法または出典」のように、状態と定義を一緒に残してください。
測定値と推算値の使い分け
| 方法 | 長所 | 注意点 |
|---|---|---|
| 実測値 | 対象系を直接反映する | 測定温度・圧力・組成・不確かさを確認する |
| データベース・ハンドブック | 評価済みの値を探しやすい | 定義、単位、原典、補間範囲を確認する |
| 推算相関式 | 実測値がない系でも概算できる | 必要パラメータ、単位系、適用範囲、推算誤差を確認する |
| 分子シミュレーション | 実験困難な状態や分子機構を調べられる | 力場、有限サイズ、統計誤差、実験値との検証が必要 |
推算式には、気体用のFuller–Schettler–Giddings式やChapman–Enskog式、希薄液体用のWilke–Chang式などがあります。気体用の式を液体へ使うことはできません。
物質移動係数との違い
拡散係数 \(D_{AB}\) と物質移動係数 \(k_c\) は、単位も役割も異なります。
| 項目 | 拡散係数 \(D_{AB}\) | 物質移動係数 \(k_c\) |
|---|---|---|
| 主な意味 | 分子拡散のしやすさ | 境界層を通した見かけの移動しやすさ |
| 単位 | \(\mathrm{m^2/s}\) | 濃度基準では \(\mathrm{m/s}\) |
| 主な依存因子 | 成分組合せ、相、温度、圧力、組成 | 左記に加え、流速、形状、代表長さ、境界条件 |
| 代表式 | \(J_A=-D_{AB}\nabla C_A\) | \(N_A=k_c(C_{A,s}-C_{A,b})\) |
両者はSherwood数によって結ばれます。
\[
\boxed{
\mathrm{Sh}
=
\frac{k_cL_c}{D_{AB}}
}
\]
ReとScからShを求め、\(k_c=\mathrm{Sh}D_{AB}/L_c\) へ戻す詳しい手順は、Sherwood数・Schmidt数と物質移動係数で解説しています。
Schmidt数・Sherwood数との関係
流れを伴う物質移動では、拡散係数はSchmidt数とSherwood数に現れます。
\boxed{
\mathrm{Sc}
=\frac{\nu}{D_{AB}}
=\frac{\mu}{\rho D_{AB}}
}
\]
Schmidt数 \(\mathrm{Sc}\) は、運動量拡散率 \(\nu\) と物質拡散係数 \(D_{AB}\) の比です。液体では \(D_{AB}\) が小さいため、一般にSchmidt数は気体より大きくなります。
\boxed{
\mathrm{Sh}
=\frac{k_cL}{D_{AB}}
}
\]
Sherwood数 \(\mathrm{Sh}\) は無次元の物質移動係数です。実験相関式は一般に、
\mathrm{Sh}
=f(\mathrm{Re},\mathrm{Sc},\text{形状})
\]
の形をとります。相関式から \(\mathrm{Sh}\) を求め、最後に \(k_c=\mathrm{Sh}D_{AB}/L\) と戻すため、拡散係数は装置の物質移動計算にも直接必要です。
多孔質内の有効拡散係数
触媒粒子、膜、土壌などの多孔質内では、分子は直線ではなく入り組んだ細孔を通ります。そのため、装置スケールで見た拡散は自由な流体中より遅くなります。
\boxed{
D_{\mathrm{eff}}
\approx\frac{\varepsilon}{\tau}D_{AB}
}
\]
- \(D_{\mathrm{eff}}\):有効拡散係数
- \(\varepsilon\):空隙率
- \(\tau\):屈曲度
細孔が分子の平均自由行程に比べて非常に小さい場合にはKnudsen拡散も関係し、分子拡散との合成抵抗を考えます。これは触媒反応で内部拡散が律速になるかを判断するときに重要です。
触媒粒子内の移動と反応の関係は、触媒とは?触媒反応の仕組み・活性・選択性・劣化を図解で解説も参考にしてください。
よくある間違い
| 間違い | 正しい確認方法 |
|---|---|
| 成分Aだけを書いて値を使う | 媒体B、相、温度、圧力、組成も指定する |
| 気相値を液相へ使う | 桁が約4桁異なることを確認する |
| \(\mathrm{cm^2/s}\) を長さと同じ係数で換算する | \(1\ \mathrm{cm^2/s}=10^{-4}\ \mathrm{m^2/s}\) を使う |
| 高圧気体へ \(D\propto1/P\) を無条件に使う | 希薄気体相関式の適用範囲を確認する |
| 液体の温度補正で粘度変化を無視する | 対象温度の溶媒粘度を使う |
| 自己拡散係数を相互拡散係数として使う | 測定対象と定義を確認する |
| 多孔質体へバルク拡散係数をそのまま使う | 空隙率、屈曲度、Knudsen拡散を検討する |
| 拡散係数を物質移動係数と考える | 単位と流束式を確認する |
確認問題
3問のミニテストで、ここまでの内容を確認しましょう。選択すると、その場で正誤と解説が表示されます。
QUICK CHECK
1 / 3物質移動・初級
このミニテストの回答結果は保存されません。学習記録を残す場合は化工演習室をご利用ください。
まとめ
- 拡散係数は、Fickの法則で流束と濃度勾配を結ぶ比例定数である
- 単位は \(\mathrm{m^2/s}\) であり、拡散による広がりの距離二乗を時間で割った次元を持つ
- \(D_{AB}\) は成分Aだけでなく、媒体B、相、温度、圧力、組成によって決まる
- 自己拡散、相互拡散、トレーサー拡散、有効拡散は定義と用途が異なる
- 代表的には、気体中で \(10^{-5}\)、液体中で \(10^{-10}\)~\(10^{-9}\ \mathrm{m^2/s}\) 程度である
- 希薄気体では温度上昇で増加し、圧力上昇で低下する
- 液体では温度、粘度、分子サイズ、分子間相互作用、組成の影響が重要である
- 代表拡散時間は \(t_D\sim L^2/D\) であり、拡散距離を短くすることが移動促進に有効である
- 文献値は数値だけでなく、成分系、状態、定義、単位、出典とセットで使う
- 拡散係数と物質移動係数は、Sherwood数を介して結ばれる
拡散係数は単なる代入値ではなく、分子運動と装置内の物質移動をつなぐ重要な物性値です。値を探すときは、「何が、何の中を、どの状態で拡散するのか」を必ず明確にしましょう。
かこまるの化工演習室では、化学工学の基礎を分野別の確認テストで復習できます。学習履歴も残せるので、記事を読んだ後のアウトプットに使ってください。
かこまるの化工演習室を開く
参考資料
- IUPAC Gold Book: diffusion coefficient
- NPTEL, Mass Transfer Operation 1: Diffusion Coefficient—Measurement and Prediction
- MIT OpenCourseWare 22.103: Diffusion and the Mean Square Displacement
- Fuller, Schettler and Giddings: New Method for Prediction of Binary Gas-Phase Diffusion Coefficients
- Wilke and Chang: Correlation of Diffusion Coefficients in Dilute Solutions


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