化学工学の基礎を、数式と直感の両面から初学者にもわかりやすくお届けします。
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純物質の圧力―温度線図では、単相領域が「面」、二相共存線が「線」、三重点が「点」として現れます。二成分系の温度―組成線図では、一相領域と二相領域が現れ、二相領域内では両相の組成が自由には選べません。
こうした相図の形を、成分数と相の数だけから整理する法則がギブズの相律です。式は短い一方、「相」「成分」「自由度」の数え方を間違えると正しく使えません。
この記事では、ギブズの相律の意味と導出、純物質と二成分系への適用、相図の読み方、てこの法則との役割分担を例題で解説します。
- 相、成分数、自由度の意味
- ギブズの相律 \(F=C-P+2\) の読み方
- 式を変数と制約の数え上げから導く方法
- 純物質の単相領域、二相共存線、三重点の自由度
- 定圧二成分相図に使う \(F=C-P+1\)
- 相律とてこの法則の違い
- 蒸留、抽出、晶析で相律が役立つ理由
ギブズの相律とは
反応を伴わない平衡系について、ギブズの相律は次のように表されます。
\[
\boxed{F=C-P+2}
\]
ここで、
- \(F\):自由度(degrees of freedom)
- \(C\):成分数(number of components)
- \(P\):平衡に共存する相の数(number of phases)
です。IUPAC Gold Bookでも、平衡にある \(C\) 成分、\(P\) 相の系が持てる自由度をこの式で定義しています。
相律は「何度なら液体になるか」のような数値を直接計算する式ではありません。平衡状態を定めるために、温度・圧力・組成のうち独立にいくつ指定できるかを数える式です。
相律では大文字の \(P\) を相の数に使うことが一般的です。圧力を表す小文字の \(p\) と混同しないようにしましょう。本記事でも、\(P\) は相数、\(p\) は圧力とします。
相とは
IUPACは相を、化学組成と物理的状態が一様な物質系の部分として定義しています。感覚的には、内部が均一で、他の部分と物理的に区別できる領域です。
| 系 | 相の数 \(P\) | 考え方 |
|---|---|---|
| 液体の純水だけ | 1 | 均一な液相 |
| 水と水蒸気の共存 | 2 | 液相と気相 |
| 氷と液体の水 | 2 | 組成は同じでも物理状態が異なる |
| 空気のような均一な混合気体 | 1 | 複数成分でも一つの気相 |
| 油と水が二層に分離 | 2 | 組成の異なる二つの液相 |
| 食塩水と食塩結晶 | 2 | 液相と固相 |
同じ結晶相の粒が多数存在しても、それぞれを別々に数えるわけではありません。化学組成と結晶構造が同じなら、相としては一つです。一方、炭素の黒鉛とダイヤモンドのように、同じ化学組成でも結晶構造が異なれば別の固相として数えます。
成分数とは
成分数 \(C\) は、単に系に含まれる化学種を全部数えた数ではありません。IUPACの定義では、すべての相の組成を表すために必要な、最小数の独立な化学種です。
反応しない系
反応せず、成分間に追加の関係がなければ、通常は化学種数が成分数になります。
- 水だけ:\(C=1\)
- 水―エタノール:\(C=2\)
- 水―エタノール―アセトン:\(C=3\)
液体の水と水蒸気が共存しても、どちらもH₂Oで表せるため成分数は1です。相が増えても、成分数まで増えるとは限りません。
反応する系
独立な化学反応があると、化学種の量の間に化学量論的な制約が加わります。概略的には、
\[
\boxed{C=N-R}
\]
と考えられます。ここで、\(N\) は化学種数、\(R\) は独立な反応数です。ただし、電荷中性条件など、反応以外の独立な制約がある場合は、それも考慮します。
たとえば、
\[
\mathrm{CaCO_3(s)\rightleftharpoons CaO(s)+CO_2(g)}
\]
では、化学種は3種類ですが独立反応が1つあるので、成分数は \(C=3-1=2\) です。
系に名前の付いた物質がいくつ見えるかではなく、各相の組成を独立に記述するには最低何種類が必要かを考えます。反応系では、この判定が最も間違いやすい点です。
自由度とは
自由度 \(F\) は、相の数を変えずに独立に変えられる強度変数の数です。代表的な強度変数には、
- 温度 \(T\)
- 圧力 \(p\)
- 各相の組成
があります。
「独立に」という言葉が重要です。たとえば純水の液相と蒸気相が平衡共存しているとき、温度を決めると飽和圧力が決まります。温度と圧力を別々に好きな値にはできないため、自由度は1です。
一方、系全体の質量、各相の量、容器の大きさなどは広さに比例する示量変数であり、通常の相律の自由度には数えません。相律は相平衡を定める強度変数の数を扱うからです。
ギブズの相律を導く
相律は、未知の強度変数の数から、相平衡が課す制約の数を引くことで導けます。反応を伴わない \(C\) 成分、\(P\) 相の系を考えます。
1. 変数の数を数える
平衡にあるすべての相で温度と圧力は共通なので、\(T\) と \(p\) の2変数があります。
各相では、\(C\) 個のモル分率の和が1です。
\[
\sum_{i=1}^{C}x_i^{(\alpha)}=1
\]
したがって、一つの相で独立な組成変数は \(C-1\) 個です。\(P\) 相なら組成変数は \(P(C-1)\) 個なので、全変数数は、
\[
\boxed{2+P(C-1)}
\]
です。
2. 平衡条件の数を数える
相平衡では、各成分の化学ポテンシャルがすべての相で等しくなります。成分 \(i\) について、
\[
\mu_i^{(1)}=\mu_i^{(2)}=\cdots=\mu_i^{(P)}
\]
です。\(P\) 個の値を等しくするために必要な独立条件は \(P-1\) 個です。これが \(C\) 成分あるので、制約数は、
\[
\boxed{C(P-1)}
\]
です。
3. 変数から制約を引く
したがって自由度は、
\[
\begin{aligned}
F
&=\{2+P(C-1)\}-C(P-1)\\
&=2+PC-P-CP+C\\
&=C-P+2
\end{aligned}
\]
となり、
\[
\boxed{F=C-P+2}
\]
を得ます。相が一つ増えると自由度が一つ減るのは、追加された相との平衡条件が新しい制約になるためです。
純物質の圧力―温度相図を読む
純物質では \(C=1\) です。したがって、
\[
F=1-P+2=3-P
\]
となります。
単相領域:自由度2
気体、液体、固体のいずれか一相だけなら \(P=1\) なので、
\[
F=1-1+2=2
\]
です。温度と圧力を独立に指定できます。このため、\(p\)-\(T\) 相図では単相領域が面として広がります。
二相共存線:自由度1
液体―蒸気、固体―液体、固体―蒸気の二相が共存すると \(P=2\) なので、
\[
F=1-2+2=1
\]
です。温度または圧力の一方を指定すると、もう一方は共存条件から決まります。だから二相共存状態は、相図上で線になります。
純水の液体―蒸気平衡で、温度を決めると飽和圧力が一つに決まることが代表例です。飽和圧力と温度の関係は、蒸気圧とクラウジウス・クラペイロンの式で解説しています。
三重点:自由度0
固体、液体、蒸気の三相が共存すると \(P=3\) なので、
\[
F=1-3+2=0
\]
です。温度も圧力も自由に選べず、純物質ごとに固有の一点に定まります。そのため三相共存条件は三重点と呼ばれます。
| 純物質の状態 | \(C\) | \(P\) | \(F\) | 相図での形 |
|---|---|---|---|---|
| 単相 | 1 | 1 | 2 | 領域 |
| 二相共存 | 1 | 2 | 1 | 線 |
| 三相共存 | 1 | 3 | 0 | 点 |
純水の液体と蒸気が平衡にあり、温度と圧力が飽和条件を満たしていても、液体と蒸気の割合までは相律で決まりません。全体の比エンタルピーや比体積、乾き度など、示量的な情報が必要です。具体的な読み方は、蒸気表の読み方と湿り蒸気の乾き度を参考にしてください。
条件を固定した相律
標準形の \(+2\) は、温度と圧力の2変数に由来します。実際の相図では圧力または温度を固定することが多いため、条件に応じて自由度が減ります。
圧力一定
圧力を外部から固定すると、独立に動かせる変数が一つ減ります。
\[
\boxed{F_{p}=C-P+1}
\]
これを定圧相律または凝縮相律と呼ぶことがあります。液体と固体では圧力の影響が比較的小さいため、材料系の温度―組成相図でもよく用いられます。ただし、高圧系で圧力の影響を無視できない場合は、前提を確認する必要があります。
温度と圧力が一定
温度と圧力を両方とも固定すると、
\[
\boxed{F_{T,p}=C-P}
\]
です。この自由度は、主として共存相の組成について残る独立変数の数を表します。
| 外部条件 | 相律 |
|---|---|
| 温度・圧力とも可変 | \(F=C-P+2\) |
| 圧力一定、または温度一定 | \(F=C-P+1\) |
| 温度・圧力とも一定 | \(F=C-P\) |
固定した変数を、相律へもう一度数えないことが大切です。
二成分系の相図を読む
二成分系では \(C=2\) です。圧力一定の温度―組成相図を考えると、
\[
F_p=2-P+1=3-P
\]
となります。
単相領域:自由度2
一相なら \(P=1\) なので、
\[
F_p=2-1+1=2
\]
です。温度と組成を独立に選べるため、単相状態は温度―組成相図上で領域として現れます。
二相領域:自由度1
二相が共存すると \(P=2\) なので、
\[
F_p=2-2+1=1
\]
です。温度を指定すると、平衡にある二つの相の組成は相境界との交点として決まります。全体組成を変えても、同じ温度の二相領域内なら、変わるのは主に各相の量であり、平衡相組成ではありません。
三相共存:自由度0
定圧二成分系で三相が共存すると \(P=3\) なので、
\[
F_p=2-3+1=0
\]
です。代表例は共晶点です。圧力を固定した二成分共晶系では、三相が共存する温度と各相組成は自由に選べません。
例題1:定圧の二成分気液平衡
成分AとBからなる非反応系で、液相と蒸気相が平衡にあるとします。圧力は一定です。
- 成分数:\(C=2\)
- 相の数:液相と蒸気相なので \(P=2\)
- 固定条件:圧力一定
したがって、
\[
\begin{aligned}
F_p
&=C-P+1\\
&=2-2+1\\
&=1
\end{aligned}
\]
です。温度を一つ指定すれば、平衡液組成 \(x_A\) と平衡蒸気組成 \(y_A\) は気液平衡関係から決まります。逆に、液組成を指定すれば泡点温度と蒸気組成が決まります。
\(T\)、\(x_A\)、\(y_A\) の3個が見えますが、泡点条件と各成分の相平衡条件で互いに結び付いています。三つを独立に選べるわけではありません。相律は、この「独立に選べる数」を教えます。
例題2:食塩水と食塩結晶
水と塩化ナトリウムからなる溶液に、固体の塩化ナトリウム結晶が共存しています。化学反応やイオン解離の詳細をまとめた巨視的な二成分系として、圧力一定で考えます。
- 成分数:水とNaClで \(C=2\)
- 相の数:液相と固相で \(P=2\)
よって、
\[
F_p=2-2+1=1
\]
です。温度を決めると、飽和溶液の組成、すなわち溶解度が決まります。全体に塩を追加しても固相が残る範囲では、同じ温度の液相組成は飽和組成に保たれ、主に結晶量が変わります。
これは晶析の溶解度・過飽和度・収率を理解する土台です。
てこの法則とは
相律は「独立に指定できる強度変数の数」を示しますが、二相の量比は示しません。二相領域で各相の量比を求めるのがてこの法則です。
二成分系で、相 \(\alpha\) の成分Aモル分率を \(x_\alpha\)、相 \(\beta\) の成分Aモル分率を \(x_\beta\)、系全体のモル分率を \(z\) とします。相のモル割合を \(f_\alpha\)、\(f_\beta\) とすると、
\[
f_\alpha+f_\beta=1
\]
\[
z=f_\alpha x_\alpha+f_\beta x_\beta
\]
です。これを解くと、
\[
\boxed{f_\alpha=\frac{x_\beta-z}{x_\beta-x_\alpha}}
\]
\[
\boxed{f_\beta=\frac{z-x_\alpha}{x_\beta-x_\alpha}}
\]
を得ます。全体組成から見て、反対側の相までの距離がその相の割合に対応するため、「てこ」の名前が付いています。
例題3:二相の割合を求める
ある温度で、平衡相組成が、
\[
x_\alpha=0.20,\qquad x_\beta=0.80
\]
であり、全体組成が \(z=0.50\) とします。
\[
\begin{aligned}
f_\alpha
&=\frac{0.80-0.50}{0.80-0.20}\\
&=0.50
\end{aligned}
\]
\[
\begin{aligned}
f_\beta
&=\frac{0.50-0.20}{0.80-0.20}\\
&=0.50
\end{aligned}
\]
したがって、二相のモル割合は50%ずつです。
| 法則 | 答える問い |
|---|---|
| ギブズの相律 | 温度・圧力・相組成のうち、独立にいくつ指定できるか |
| 相図・平衡式 | 指定条件で、どの相が存在し、各相組成はいくつか |
| てこの法則 | 共存する各相がどれだけの割合で存在するか |
三つは競合する公式ではなく、異なる問いに答える道具です。
化学工学での応用
蒸留・フラッシュ
気液二相が平衡にあるとき、温度、圧力、液組成、蒸気組成は相平衡条件で結ばれます。相律により、フラッシュ計算で独立に与えられる状態変数の数を確認できます。
液液抽出
二つの液相が共存する領域では、タイラインの両端が平衡相組成を示します。全体組成はタイライン上の位置と相量比を変えますが、指定温度・圧力での両相組成は平衡条件に従います。
晶析
溶液と結晶が共存するとき、温度を指定すると飽和溶液組成が決まります。冷却や蒸発で相境界を越えると結晶相が現れ、物質収支から結晶量を求めます。
蒸気・冷媒
純物質の気液二相平衡では温度と圧力は独立ではありません。加熱器、凝縮器、蒸発器の状態判定で、飽和温度と飽和圧力の対応を理解する助けになります。
反応を伴う多相系
固体分解、気固反応、電解質溶液などでは、独立反応と追加制約を考慮して成分数を決めます。化学種数をそのまま \(C\) に入れないことが重要です。
よくある間違い
化学種数をそのまま成分数にする
反応がある場合、化学種間に独立な関係があります。すべての相組成を記述するために必要な最小数を考えます。
気体成分ごとに相を数える
均一な混合気体は、窒素、酸素、水蒸気など複数成分を含んでも通常は一つの気相です。成分数と相数を混同しないようにします。
同じ相の粒を別々に数える
同じ結晶相が多数の粒に分かれていても、相としては一つです。相の数は粒や液滴の個数ではありません。
固定した温度や圧力を自由度に残す
圧力一定なら \(+2\) ではなく \(+1\)、温度と圧力が一定なら追加項は0です。問題文の固定条件を最初に確認します。
全体組成を平衡相組成と混同する
二相領域では、全体組成 \(z\) と各相組成 \(x_\alpha\)、\(x_\beta\) は別です。相図のタイライン両端から各相組成を読み、全体組成からてこの法則で相量を求めます。
相律だけで相の種類や量がわかると思う
相律は数を数える法則です。どの相が安定か、相境界がどこか、各相が何%あるかを求めるには、相図、平衡式、物性値、全体物質収支が必要です。
負の自由度をそのまま受け入れる
自由度は負にはなりません。計算結果が負なら、成分数や相数の数え方、反応制約、固定条件の扱いを見直します。与えた条件のもとで、その数の相が平衡共存できない可能性もあります。
相律を使う手順
- 平衡系か確認する:相律は平衡状態を対象とする
- 相を列挙する:気相、液相、固相を組成・構造まで見て区別する
- 化学種と反応を整理する:最小の独立成分数 \(C\) を決める
- 固定条件を確認する:温度一定か、圧力一定かを見る
- 適切な相律へ代入する:標準形、定圧形、固定 \(T,p\) 形を選ぶ
- 残った自由度の中身を書く:温度、圧力、各相組成のどれかを具体化する
- 相量が必要なら別途収支を取る:てこの法則や物質収支を使う
単に \(F\) の数字を出すだけでなく、「何を一つ決めれば、何が従属して決まるのか」を言葉にすると理解が深まります。
確認問題
3問のミニテストで、ここまでの内容を確認しましょう。選択すると、その場で正誤と解説が表示されます。
QUICK CHECK
1 / 3化学工学の基礎・初級
このミニテストの回答結果は保存されません。学習記録を残す場合は化工演習室をご利用ください。
まとめ
- ギブズの相律は \(F=C-P+2\)
- 相は、化学組成と物理状態が一様な領域
- 成分数は、全相の組成を表すために必要な最小の独立化学種数
- 自由度は、相数を変えず独立に指定できる温度・圧力・相組成の数
- 純物質の単相、二相共存、三重点の自由度はそれぞれ2、1、0
- 圧力一定なら \(F_p=C-P+1\)
- 温度・圧力一定なら \(F_{T,p}=C-P\)
- 二相領域では、相律が自由度、相図が相組成、てこの法則が相量を与える
- 反応系では、反応と追加制約を考慮して成分数を決める
相律の本質は、「相が増えるほど平衡条件が増え、自由に選べる変数が減る」という点です。相図を領域・線・点として眺めるだけでなく、それぞれの自由度を計算すると、図の形と熱力学的な意味がつながります。
参考資料
- IUPAC Gold Book: phase rule
- IUPAC Gold Book: phase
- IUPAC Gold Book: component
- IUPAC Gold Book: phase diagram
- IUPAC Gold Book: equilibrium
- MIT OpenCourseWare: Single-Component Phase Diagrams and the Gibbs Phase Rule
- MIT OpenCourseWare: Chemical Engineering Thermodynamics
- NIST: General Discussion and Glossary of Phase Diagrams


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