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液液抽出を1段だけで行うと、抽出液と抽残液は1回の平衡接触で決まります。さらに高い分離を得たい場合は、複数の平衡段を並べ、原料相と抽剤相を反対方向へ流す向流多段液液抽出を使います。
向流多段抽出では、三角線図上で全体物質収支と各段の液液平衡を交互に使います。その代表的な作図法がHunter–Nash(ハンター・ナッシュ)法です。一見複雑ですが、「物質収支の線」と「タイライン」を交互にたどる方法だと考えると理解しやすくなります。
この記事で分かること
- 向流多段液液抽出の流れと、交差流抽出との違い
- 原料液・抽剤・抽出液・抽残液に使う記号
- 全体物質収支、混合点M、差点Δの意味
- Hunter–Nash法で理論段数を数える手順
- 希薄系における操作線と平衡線の使い方
- 最小抽剤量、ピンチ、実段数との関係
先に読んでおくと理解しやすい記事
向流多段液液抽出とは
向流多段液液抽出は、複数の平衡段を直列に並べ、原料側の液相と抽剤側の液相を逆方向に流す操作です。各段では、次の3つの過程を理想化して考えます。
- 2つの液相を十分に混合する
- 溶質が両相の間を移動し、液液平衡に達する
- 2つの液相を分離し、隣の段へ送る
この1組を1理論段と呼びます。実際の装置では、ミキサー・セトラーを複数台並べる場合もあれば、抽出塔の内部で連続的に接触させる場合もあります。
なぜ向流にすると分離しやすいのか
抽出の駆動力は、各相の溶質濃度が平衡からどれだけ離れているかで決まります。向流操作では、溶質濃度の低い抽残液が、最も新しい抽剤と接触します。一方、溶質濃度の高い原料液は、すでにある程度の溶質を含む抽出相と接触します。
この組み合わせにより、装置全体で濃度差を保ちやすくなります。そのため、同じ抽剤量と同じ理論段数なら、一般に単流や交差流よりも高い分離を得やすくなります。
感覚的なイメージ
食器を少量のきれいな水で仕上げすすぎすると、最後に汚れの少ない食器と新しい水が接触します。向流抽出でも、最もきれいにしたい抽残液を新しい抽剤で仕上げるため、抽剤を有効に使えます。
向流多段抽出で使う記号
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| \(L_0\) | 原料液の流量。第1段へ入る抽残相側の流れ |
| \(L_n\) | 第\(n\)段から出る抽残液の流量 |
| \(L_N\) | 最終段から出る抽残液製品の流量 |
| \(V_{N+1}\) | 第\(N\)段へ入る新しい抽剤の流量 |
| \(V_n\) | 第\(n\)段から出る抽出液の流量 |
| \(V_1\) | 第1段から出る抽出液製品の流量 |
| \(x_{i,n}\) | 抽残液\(L_n\)中の成分\(i\)の質量分率 |
| \(y_{i,n}\) | 抽出液\(V_n\)中の成分\(i\)の質量分率 |
同じ段から出る\(L_n\)と\(V_n\)は互いに平衡なので、三角線図上では同じタイラインの両端にあります。一方、\(L_n\)と\(V_{n+1}\)は段を挟んで向かい合う流れであり、物質収支によって関係づけられます。
まず全体物質収支を立てる
抽出装置全体を1つの系として囲むと、全質量収支は
\[ L_0+V_{N+1}=L_N+V_1 \]です。成分\(i\)については、
\[ L_0x_{i,0}+V_{N+1}y_{i,N+1} =L_Nx_{i,N}+V_1y_{i,1} \]となります。三角線図では、入口の2流体を混合したと仮定した全体混合点Mを使うと、入口側と出口側の収支を同時に表せます。
\[ M=L_0+V_{N+1}=L_N+V_1 \] \[ w_{i,M} =\frac{L_0x_{i,0}+V_{N+1}y_{i,N+1}}{L_0+V_{N+1}} \]したがって、点Mは\(L_0\)と\(V_{N+1}\)を結ぶ直線上にあります。また出口について考えると、同じ点Mは\(L_N\)と\(V_1\)を結ぶ直線上にもあります。
混合点Mから分かること
- \(L_0\)と\(V_{N+1}\)を結ぶ線:入口全体の物質収支
- \(L_N\)と\(V_1\)を結ぶ線:出口全体の物質収支
- 2本の線は同じ混合点Mを通る
差点Δとは
Hunter–Nash法では、混合点Mとは別に差点(difference point)Δを使います。差点は、向流する2つの液相の「流量の差」と「各成分流量の差」を表す作図上の点です。
\[ L_0-V_1=L_N-V_{N+1}=\Delta \] \[ L_0x_{i,0}-V_1y_{i,1} =L_Nx_{i,N}-V_{N+1}y_{i,N+1} =\Delta z_{i,\Delta} \]同じ考え方は装置内の任意の段境界でも成立するため、
\[ L_n-V_{n+1}=\Delta \]と書けます。したがって、三角線図上では\(L_n\)、\(V_{n+1}\)、Δが一直線上に並びます。
Δは実際に存在する液体ではなく、物質収支を図上で扱うための数学的な点です。そのため、三角形の外側に現れることがあります。三角形の外にあるから計算が間違い、というわけではありません。
Hunter–Nash法で理論段数を数える手順
- 三角線図に原料液\(L_0\)、新しい抽剤\(V_{N+1}\)、目標抽残液\(L_N\)をプロットする
- \(L_0\)と\(V_{N+1}\)を結び、流量比から混合点Mを求める
- \(L_N\)とMを結び、抽出相側の溶解度曲線との交点から出口抽出液\(V_1\)を求める
- 直線\(L_0V_1\)と直線\(L_NV_{N+1}\)を延長し、その交点を差点Δとする
- \(V_1\)からタイラインをたどり、平衡な抽残液\(L_1\)を求める
- \(L_1\)とΔを結び、抽出相側の溶解度曲線との交点を\(V_2\)とする
- \(V_2\)からタイラインをたどって\(L_2\)を求める
- 「タイライン→Δを通る収支線」を交互に繰り返し、\(L_N\)へ到達するまでの回数を数える
上の図では、\(V_1\rightarrow L_1\)が第1段、\(V_2\rightarrow L_2\)が第2段、\(V_3\rightarrow L_3\)が第3段の液液平衡を表します。目標の\(L_N\)を通り過ぎた場合は、最後の1段を図上で補間します。装置設計では通常、必要な理論段数を切り上げます。
タイラインとΔ線は役割が違う
| 線 | 結ぶ点 | 表している関係 |
|---|---|---|
| タイライン | \(L_n\)と\(V_n\) | 同じ段から出る2液相の平衡関係 |
| Δを通る線 | \(L_n\)と\(V_{n+1}\) | 隣接する段の間を流れる2液相の物質収支 |
Hunter–Nash法で最も多い間違いは、タイラインとΔ線を混同することです。「同じ添字なら平衡、添字が1つずれた組なら収支」と覚えると整理しやすくなります。
希薄系ではx-y線図も使える
担体液と抽剤がほとんど相互溶解せず、溶質も希薄である場合は、三角線図を\(X\)-\(Y\)線図へ簡略化できます。
\[ X=\frac{\text{抽残相中の溶質質量}}{\text{溶質を除く担体液質量}} \] \[ Y=\frac{\text{抽出相中の溶質質量}}{\text{溶質を除く抽剤質量}} \]溶質を除いた担体液流量を\(L\)、抽剤流量を\(V\)とし、両者が各段でほぼ一定とします。装置の第1段から第\(n\)段までの溶質収支から、操作線は
\[ Y_{n+1} =Y_1+\frac{L}{V}\left(X_n-X_F\right) \]となります。全体収支を使えば、同じ操作線を端点で表して
\[ Y_1-Y_{N+1} =\frac{L}{V}\left(X_F-X_N\right) \]と書けます。平衡関係が近似的に直線なら、
\[ Y_n^{*}=mX_n \]です。\(X\)-\(Y\)線図では、Hunter–Nash法と同じように平衡線と操作線の間を交互にステップして理論段数を数えます。
例題:操作線から理論段数を求める
問題
溶質を除く担体液流量\(L=100\ \mathrm{kg/h}\)、抽剤流量\(V=80\ \mathrm{kg/h}\)の向流多段抽出を考えます。原料濃度は\(X_F=0.10\)、新しい抽剤は\(Y_{N+1}=0\)、目標抽残液濃度は\(X_N=0.010\)です。平衡関係を\(Y^{*}=2.0X\)と近似できるとき、必要な理論段数を求めてください。
手順1:出口抽出液濃度を全体収支で求める
\[ Y_1 =Y_{N+1}+\frac{L}{V}(X_F-X_N) \] \[ =0+\frac{100}{80}(0.10-0.010) =0.1125 \]手順2:操作線を求める
\[ Y_{n+1} =0.1125+\frac{100}{80}(X_n-0.10) \] \[ Y_{n+1}=1.25X_n-0.0125 \]手順3:平衡線と操作線を交互に使う
目標出口\((X_N,Y_{N+1})=(0.010,0)\)から原料側へ逆向きに段をたどります。
| ステップ | 平衡線 \(Y_n=2X_n\) | 操作線から得る前段濃度 |
|---|---|---|
| 1段目 | \(X_N=0.010\Rightarrow Y_N=0.020\) | \(X_{N-1}=0.0260\) |
| 2段目 | \(X_{N-1}=0.0260\Rightarrow Y_{N-1}=0.0520\) | \(X_{N-2}=0.0516\) |
| 3段目 | \(X_{N-2}=0.0516\Rightarrow Y_{N-2}=0.1032\) | \(X_{N-3}=0.0926\) |
3段で原料濃度\(X_F=0.10\)の近くまで到達しますが、まだわずかに不足します。図上補間では約3.1理論段となるため、必要段数は切り上げて
\[ N_{\mathrm{ideal}}=4 \]とします。
答え:必要な理論段数は4段
3段では目標にわずかに届かないため、装置としては4理論段を用意します。
最小抽剤量とピンチ
抽剤流量を減らすと、操作線と平衡関係を示す線が近づき、1段ごとの組成変化が小さくなります。ある流量まで減らすと、作図のステップがほとんど進まない点が現れます。これがピンチです。
ピンチが生じる条件では、目標分離を達成するために無限の理論段数が必要になります。このときの抽剤流量が最小抽剤量です。
重要なトレードオフ
- 抽剤量を減らす:抽剤の使用量は減るが、必要段数が増える
- 抽剤量を増やす:必要段数は減るが、抽剤回収・再生の負荷が増える
実務では最小抽剤量そのものでは運転せず、設備費と抽剤回収費のバランスを見て余裕のある流量を選びます。
理論段数と実段数は異なる
Hunter–Nash法や\(X\)-\(Y\)線図で得られるのは、各段が完全に平衡へ達することを仮定した理論段数です。実際には混合不足、滞留時間不足、液滴径、逆混合、相分離不良などにより、1段の性能は理論段より低くなります。
装置全体の段効率を\(E_o\)と近似できる場合、実段数の目安は
\[ N_{\mathrm{actual}} =\frac{N_{\mathrm{ideal}}}{E_o} \]です。たとえば\(N_{\mathrm{ideal}}=4\)、\(E_o=0.70\)なら、
\[ N_{\mathrm{actual}} =\frac{4}{0.70} =5.71 \]となるため、少なくとも6段が目安です。ただし実機設計では、段効率を一律とみなせない場合もあるため、実験データや装置メーカーの情報を使います。
Hunter–Nash法とx-y法の使い分け
| 比較項目 | Hunter–Nash法 | \(X\)-\(Y\)線図法 |
|---|---|---|
| 使用する図 | 三角線図 | 直交座標の平衡線・操作線 |
| 相互溶解 | 考慮できる | 小さいと仮定することが多い |
| 流量変化 | 三角線図上の収支で扱える | 溶質なし基準で一定と近似 |
| 平衡データ | 溶解度曲線とタイライン | \(Y^{*}=f(X)\) |
| 向いている場面 | 一般的な3成分液液抽出 | 希薄系・相互溶解が小さい系 |
三角線図の情報がそろっているならHunter–Nash法が一般的です。担体液と抽剤の相互溶解が十分小さく、平衡関係を簡単な式で表せるなら、\(X\)-\(Y\)線図のほうが計算しやすくなります。
よくある間違い
差点Δを実在する混合物だと考える
Δは流れの差を表す数学的な点です。三角形の外側にあっても問題ありません。
同じ段の流れと隣接段の流れを混同する
\(L_n\)と\(V_n\)は平衡関係、\(L_n\)と\(V_{n+1}\)は物質収支の関係です。
タイラインを勝手に水平とみなす
タイラインの傾きは系と温度によって変わります。実測された平衡データを使い、必要なら隣接するタイラインの間を補間します。
目標点を通過した端数段を無視する
作図で3段と4段の間になった場合、理論計算では補間できますが、実際に必要な段数は通常切り上げます。
最小抽剤量でそのまま運転できると考える
最小抽剤量ではピンチが生じ、必要理論段数が無限大へ近づきます。実際の運転には余裕が必要です。
よくある質問
Hunter–Nash法は手計算だけで使う方法ですか?
本質は各段の平衡計算と物質収支です。手作図は原理を理解するのに優れていますが、実務では液液平衡モデルと数値計算を使って段ごとの組成を求めることも多くあります。
抽出塔も理論段で考えられますか?
段式接触器は理論段数で整理しやすい一方、充填塔やスプレー塔のような連続接触装置では、移動単位数や高さを使う設計が一般的です。ただし平衡段の考え方は、分離の到達可能性を理解する基礎になります。
タイラインが少ない場合はどうしますか?
既知のタイラインの端点や傾きを補間して使います。ただしプレイトポイント付近では補間誤差が大きくなりやすいため、平衡データの品質を確認する必要があります。
向流多段抽出なら必ず最も経済的ですか?
抽剤の利用効率は高くなりやすいですが、段間の液輸送、相分離、制御、保守が必要です。少量処理や簡単な洗浄では、単段や交差流のほうが扱いやすい場合もあります。
確認問題
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QUICK CHECK
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まとめ
- 向流多段液液抽出では、原料相と抽剤相を反対方向へ流す
- 同じ段から出る\(L_n\)と\(V_n\)は液液平衡にある
- 混合点Mは装置全体の入口・出口物質収支を表す
- 差点Δは向流する2相の流量差を表す数学的な点である
- Hunter–Nash法では、タイラインとΔを通る収支線を交互にたどる
- 相互溶解が小さい希薄系では、\(X\)-\(Y\)線図へ簡略化できる
- 最小抽剤量ではピンチが生じ、必要理論段数が無限大へ近づく
- 実段数は理論段数より多くなり、段効率や物質移動性能の評価が必要である
向流多段抽出の作図は、平衡と物質収支を1段ずつ交互に適用する操作です。記号だけを暗記するより、タイラインは平衡、Δ線は収支という役割を意識すると、段数計算の流れが見えやすくなります。
参考資料
- IUPAC Gold Book: liquid-liquid extraction
- University at Buffalo CE407 Lecture 16: Hunter–Nash and McCabe–Thiele methods
- University at Buffalo CE407 Lecture 16b: Countercurrent extraction example
- University at Buffalo CE407 Lecture 17: Minimum entering solvent flow
- UMBC ENCH 445 Lecture 9: Operating and equilibrium lines


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